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初見演奏と暗譜にまつわるエピソード

映画「禁じられた遊び」の音楽を担当したことであまりにも有名なナルシソ・イエペス。彼にまつわるエピソードで、次のようなものがあります。

飛行機内で初めて渡された楽譜。彼はその曲を控室などで弾く時間を取らないままその日のコンサートに臨み、客前で彼の初めての演奏を、暗譜で披露し拍手喝采を得た、と。

うん、わけのわからん天才のエピソードだ。昔はそう思って聞きました。しかし、ギターを弾いて20年も近くなると、彼がしたことの意味がようやく理解できるようになりました(理解できるだけで、真似はできません)。

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テーマ : ギター
ジャンル : 音楽

tag : 音楽論, 日記,

クラシックギターに暗譜は必要か

皆さんギターを演奏する機会には、暗譜で臨まれますか?それとも楽譜を用意して演奏されますか?

私は暗譜派です。しかし、世の中には譜面派もいらっしゃいます。以前敬愛するギタリスト大萩康司さんにお話をお伺いした際には、基本は譜面を見ることが前提、と言われました。理由は明快で、全部覚えているとステージをこなしていけないから、とのことです。その時おっしゃっていた、直近1ヶ月のステージ数と新譜数は、あしゃお比5年分以上、下手したら10年分くらいありました。。そりゃ無理だ、、

トッププロと比較してもあまり参考にならないかもしれませんので、別の切り口で考えてみたいと思います。

みなさん、本の朗読をすることになったら、どうしますか?それが、一世一代の間違えられない機会だとしたら。

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テーマ : ギター
ジャンル : 音楽

tag : 音楽論, 演奏・練習のコツ,

「れる、られる」に見る日本人の感性

助動詞「れる・られる」をご存知でしょうか?日本語を使われる方なら、考えるまでもなく出てくる言葉ですね。←はい、ここの「使われる」の部分でもう出てきています。

では、この助動詞の用法を全てあげることはできますか?

英語や古文、漢語などを勉強する際には、授業や参考書における「文法」のウェイトはそれなりに高いように思いますが、気にしなくとも喋られてしまう母国語では、少し扱いが疎かになってしまう場合もあるように感じています。なので、パッと出てこない方もいらっしゃるかも知れませんね。

答えは、受身・尊敬・自発・可能です。1つの助動詞に4つも意味があるんですよねー。では、どうやってその4つを見分けるか、その方法は、、

通常の授業や参考書ではこう続くわけですが、ここは私の好き勝手ブログ、そうは進みません。4つもの意味、用法が1つの言葉に宿った、その不思議さと奥深さに想いを馳せる旅に少しばかりお付き合いください。

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テーマ : ギター
ジャンル : 音楽

tag : 日記, 音楽論,

水中にもぐり、そして浮かび上がる

珍しくブログで連続投稿となります。と言いますのは、尊敬するギタリスト、松下隆二先生のブログを拝見し思うところがあったからでして・・。長文になった上に、論文調の文体になってしまいましたが、ご拝読いただけると幸いです。


私の尊敬するギタリストの一人に、九州は福岡に在住の松下隆二先生がいらっしゃる。その松下先生が、ブログにて、「予習の意義」というタイトルでの投稿をされていた。ぜひ原文を読んでいただければと思うが、勝手に雑に要約させていただくならば、こういうことだろう。「予習をガチガチにすることで、レッスンでの柔軟性が失われるのは困り者だ。それなら予習しないで来てくれた方がよい。しかし最近は、間違ったことをやるより、習ってから取り組んだ方が無駄がない、と打算的に考える人も多いようで、それもどうかと思う。」

これを読んで、思ったことが二つある。

一つ目は、この約20年での「インターネットの台頭」である。なんでも「ネットが原因!」という年寄りにはなりたくないものだが、実際に思ってしまったのだから仕方がない。20年ほど前、私がまだ中高生だったころには、まだ「ググる」という言葉はなかったように思う。そのころは、何か知りたいことがあれば、友達に訪ねる、学校の先生に聞く、図書館に行って調べる、というのが当然だった。また、英単語一つ調べるにあたっても、辞書を引き、様々な候補の中から文章に当てはまる意味を探した。そのような中で自然と身に付いたことは、「問いと答えは、簡単に一対にできるものではない」という、私にとっては当たり前の事実だ。

しかし、今や時代は変わった。「Aとは何か?」とググれば答えが出てくる。あるいは、知恵袋で誰かが教えてくれる。本来なら文化と文化のせめぎあいであるところの言葉でさえ、「Question」と入れれば「質問」と一義的に返ってくるようになった。手間暇、面倒くささとの葛藤の中で、時間をかけて探し出すもの、自分なりの解答を作り出すような時代は過ぎ去ったのだ。

もし世の中が単調さにあふれるようになったとしたら、もしも打算的な人が増えたとしたら、それは「A」と聞けば「B」という解答がある、という前提、あるいは「正しさ」にはスマートにアクセスすることが可能なのだ、と言う受動的発想が根底にあるのではないだろうか。

そのような考え方に慣れている人からすれば、「この曲の『正しい』弾き方を教えてください」という質問を投げかけ、答えを求めることはなんら恥ずべきことではなく、むしろ誇るべきスマートな方法とすら言えるかもしれない。


もう一つ思い出したのは、水面に浮かぶ人、水中にもぐるる人、という説話である。これも少し長くなってしまうが、引用したい。


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ノーマン・マルコムの『回想のヴィトゲンシュタイン』の中に、ウィトゲンシュタインが、哲学をしばしば潜水にたとえた、という話が伝えられている。人間の体は、自然にしていると水面に浮かび上がる傾向がある。哲学的に思考するためには、その自然の傾向に逆らって、水中にもぐろうと努力しなければならない、といった話だった。この話を読んだとき、ぼくはこう思った。でも、ひょっとしたら、人間の中には、自然にしていると、どうしても水中に沈んでしまうような特異体質のやつがいるんじゃないか、そしてたとえばウィトゲンシュタインなんかがそうなんじゃないか、と。
(中略)
水中に沈みがちな人にとっての哲学とは、実は、水面にはいあがるための唯一の方法なのだ。ところが、水面から水中をのぞき見る人には、どうしてもそうは見えない。水中探索者には、何か人生に関する深い知恵があるように見えてしまうし、ときには逆に、そんな深いところに沈むことが、水面でのふつうの生活にとってどんな役に立つのか、なんて、水中にいる人が聞いたら笑いたくなるような(あるいは泣きたくなるような)問いが、まじめに発せられたりもする。この二種類の人間にとって、哲学の持つ意味はぜんぜんちがう。
(中略)
どんな入門書でも、口先ではみずから哲学することの重要性を説くけれど、そういいながら、実は哲学説の鑑賞の仕方を教えているにすぎないことが多い。哲学説(すでに哲学された他人の思想)をよく理解しよく味わって水面生活を豊かにすることと、自分で哲学する仕方を学ぶこととは、たぶん、なんの共通性もないのだ。思想を享受することと思考を持続することとは、むしろ真っ向から対立する。ひとが哲学を必要とするふたつの道筋は、驚くべきことだが、おそらくはまったく交差していないのだ。

<子ども>のための哲学 永井均著、講談社現代新書 P194より引用
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この文章、私は大好きで、これを読むと泣きたくなる。私は、水中に沈んでしまうタイプの人間だから。

ところで、この文の二種類の人間、というのは「哲学」を「音楽」に置き換えても成り立つように思う(自然にしていると浮かぶのか、沈むのか、というところは議論の余地があるにせよ)。音楽説をよく理解しよく味わって水面生活を豊かにすることと、自分で音楽をすることとは別なのだ。そして、自分で音楽をしている人の中にも、他人が音楽した結果を模倣することで上達を目指す人が、実は大勢いるように思う。

これはどちらがよいとか悪いとか、優れているとか劣っているとかいうことではない。しかし、私自身としては、自ら悩み試行錯誤し、それを楽しむ人間でありたい。そういう過程を経て、結果として生み出された音楽をこそ、私は慈しみ愛することができるように思う。

もし、この文章を読んで、あぁ、私は水面に浮かび、答えを求める側の人間だな、と思った方がいたら、こと音楽に関しては、ぜひ水中でもがき、ようやく息継ぎをすることの苦しさと喜びを一度味わってほしい。私の尊敬する松下先生、猪居先生は、この試行錯誤を否定せず、むしろ一緒になって迷ってくれる方だと思う。だから、好きだし、これからも色々な曲を学んでいきたいと思う。


とまぁ、長く書いてみました。結局言いたかったことは、せっかく自分で音楽をしようとするのならば、もがき苦しんでみてもよいのでは、というマゾの勧めです。そして、そんなアプローチを、無駄だとか馬鹿げてるだとか言わずに付き合ってくれる先生が身近にいると仕合せですね、というある種のノロケでした。笑 と、笑って書きましたが、そういう寄り添い方をしてくれる先生は、本当に貴重なんじゃないかなぁ。

筆者注:人生に対して水中に沈むスタンスは、本気で息苦しくなるのでお勧めしません・・

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大切なのは聴き手になにを伝えるか

日本を代表するピアニストであった中村紘子さんが、7月に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。
8月には、テレビ朝日の「題名のない音楽会」で、中村さんの追悼特集が組まれていました。その最後で、中村さんによる名言として紹介されてた言葉を引用いたします。

《上手い人は山ほどいる。大切なのは聴き手になにを伝えるか。》

核心をついた言葉だな、と思います。演奏とは、必ずしも伝えることがないと成立しないわけではありません。音符を並べるだけでも成立します。しかし、私は、何かを伝えられる演奏を目指したい、と思います。

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