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オススメのカッコいいギター曲 7選


本日は、私が大学生の頃に衝撃を受けた曲、取り組んだ曲を紹介したいと思います。かれこれ20年近く前のことで、今では好みも趣向も少しずつ変わってきており、最近はもっと渋い曲を聞いたり弾いたりすることが増えました。けれども、学生時代にこれらの曲に出会わなければ、私がギターにこんなに興味を持つことも、続けることもなかったと思います。そういう意味で、大切な曲たちだと言えますね。

曲数に大きな意味はないものの、衝撃を受けた、その後のギター人生を変えてくれた、という観点で7選です。


フォーコ (R.ディアンス)

リブラ・ソナチネより第三楽章フォーコ。炎を意味する名称のこの楽章は、不整脈からの復活、命の喜びを表している。この曲は全体が速弾きでかっこいいのに加えて、最後に衝撃のパーカッションパートが待っている。この動画は、演奏もさることながら観客の食い入るような視線や空気が何とも言えず好き。この曲を初めてみたときの衝撃って、まさにこんな感じだわ。興味がある方は、ぜひリブラソナチネ全楽章をご覧ください。3楽章フォーコ以外も楽しくなってきた方は、もう立派なクラシックギタリストの仲間入りです(謎理論)。


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初心者にお勧めの曲は、実は脱初心者な方にこそ繰り返しの練習が重要な曲だった

※2012年の1月に投稿した「お勧めの簡単な曲」に関する記事を、加筆修正のうえ再投稿します。「簡単な曲」とは何かの考察など、初心者の方はもちろん初心者を脱したと思う方にこそご一読頂きたい内容となっています。あと、ブログの閲覧数がなかなか伸びないことに悲しんだ結果、アイキャッチ画像とやらを作ってみました(多分これが原因ではない)※

先日、ギターを始めて1年目くらいの方にお勧めの曲はないですかと聞かれたことがありましたので、私の独断と偏見によるお勧め集を紹介したいと思います。よろしければ参考になさってください。

ざっくり上から下へいくに従って難しくなって行くと思います。(かなりざっくりで、根拠はありませんのであしからず f^^;)

・ノクターン(C.ヘンツェ)
・舟歌(N.コスト)
・ロマンス(J.K.メルツ)
・ハバネラ(A.アルバ)
・マリアルイサ(サグレラス)
・小さなロマンス(ワルカー)
・ぴかぴかワルツ(ベネズエラ民謡)
ラグリマ(F.ソル)
アデリータ(F.ソル)
二つのワルツ(F.クレンジャンス)
シンプルソング(佐藤弘和)
・バーデンジャズ組曲の第一楽章シンプリスタス(イルマル)の前半
・夢 Op35-17(F.ソル) ※セゴビア編20のエチュードNo.6
・11月のある日(ブローウェル)の前半
Wating for Dawn(A.ヨーク)
・聖母の御子(カタロニア民謡)
・3つのノクターンOp.4よりNo.1(J.K.メルツ)

番外編として、カルカッシの25のエチュードは、常にやっとけばいいかと思っています。



簡単な曲とは何か
「お勧めの簡単な曲を教えて下さい」
ギターを初めて歴の浅い方によくされる質問です。これに答えるのは、簡単なようで難しいんです。なぜなら、「簡単な曲」って何??と言う根本的な疑問が頭をよぎるから。

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変則調弦の曲を知る

この記事では、曲に挑戦するかを決めるに当たって非常に重要な要素の1つ、調弦に関しての情報を共有したいと思います。

皆さん、演奏しようと思う曲候補はどうやって仕入れていますか?私の場合、昔はクラブの発表会や、怪しげな先輩が勧めてくる謎の曲がほぼ全てでした。後はクラブ内で回し聞きするCDとMD(古い)。たまにあるテレビ番組でのクラシックギター特集。今では、You Tubeが便利すぎて吐きそうなレベルですね(褒め言葉)。


「この曲弾いてみたいな」となったとき、私が気になるステップは2つあります。1つは、「技術的に弾けるか、挑戦できるか」。2つ目は「調弦は普通かな」と言うことです。1つ目もとても興味深い課題ですね。現状のレベルで弾けるか弾けないか、弾けないにしてもストレッチ目標として取り組むことで、スキルの底上げと共に弾けるようになる曲なのか。でも、ザンネンここでは語りませーん!調弦の話に進みます。


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ノキアチューンとしてのグランワルツ

※ただいま、出張でアメリカはカリフォルニア州に来ています。昔出張中に記事を書いたことを思い出したので、その2011/1/16の記事を加筆再投稿します。この8年で、携帯電話の情勢も大きく変わりましたね。※


今、出張でシアトルに来ています。アメリカは広いですね。空いた時間にでギター屋さんにでも行きたいんですが、近くにはなさそうです。本屋さんに楽譜を見に行ったら、楽譜はほとんど置いてないところでがっかりでした。ドラゴンボールとデスノートは大量に置いてありました。MANGAすげー!

ところで、仕事用にこちらで使用する携帯電話を持っています。日本国内の携帯電話を海外に持っていってそのまま使えるサービスもありますが、それを使うと通話料が高いので、アメリカでプリペイド端末を購入した方が得策なことが多いです。では、機種にはどういったものがあるかご存じですか?

日本の携帯電話機種では、NEC・ソニーエリクソン・東芝・日立・パナソニックなど国内主要電機メーカ各社が凌ぎを削っているところにAppleのiPhoneが参入してきたような形になっていますね(投資効率を上げるために、裏では開発の協力体制をとって、ライバル社同士に同じ基板が入っていたりするのは別のまたお話)。アメリカでは、残念ながらこれら日本メーカの携帯電話は全く見られません。上位を占めるのはノキア・サムスン・LG・HTCと言ったところになります。韓国・台湾のアジア勢ががんばっていますが、それらを凌ぎ40%近い世界シェアを誇る業界最大手が、フィンランドのノキア社(Nokia Corporation)です。

この、世界で一番売れている携帯電話にプリセットされている「テレテンテン テレテンテン テレテンテン テン♪」という着信音は、実はフランシスコ・タレガによるクラシックギター曲 「グランワルツ」"Gran Vals" の旋律を使用したものなのです。この旋律はノキアのTVコマーシャルなどでも使用されていて知名度が非常に高いため、タレガによるギター曲の方が「ノキアワルツ」と呼ばれてしまうことまであるようです。


去年の夏、タケオ・サトーさんもリサイタルでこの曲の素晴らしい演奏を披露してくれました。その時の曲紹介で、タケオさんは「ノキアの携帯電話の着信音にもこの旋律が使われていますが、タレガが作曲したのが先だったのかノキアが作ったのが先だったのかどちらなのか私は知りません」と笑いを誘っていました。もちろん、タレガが先だとわかった上での冗談ですね。タレガが活躍したのは19世紀末から20世紀頭にかけてで、著作権の問題もないのでノキア社が使用したようです(参考)。

クラシックギターのきれいな旋律が、今も世界のどこかで流れていると思うと嬉しくなりますね♪

※2019/7/29追記
2011年には名前も上げなかった中国企業が躍進しており、xiaomi、huawei、OPPOといったメーカーが魅力的で安価なスマホを続々と展開しています。Nokiaは残念ながら携帯電話戦争に負けてしまい、私が元記事を書いた2011年を最後に携帯電話シェア1位の座から陥落していたようです。SymbianOSは姿を消すこととなります。

しかし、最近はNokiaの名を冠したAndroidスマホも存在感を再び発揮していますね。これらNokiaのスマホにもNOKIAチューンがプリセットされ、流れていたらいいなぁ、と思います。ちょっと機会があったら調べてみようっと。

やくざなバイヨン(ジスモンチ) ~デュオ アサド~

Baiao Malandro(やくざなバイヨン)
作曲: Egberto Gismonti
演奏: Duo Assad


ブラジルの誇る大作曲家ジスモンチによるやくざなバイヨンを、同じくブラジル出身の偉大なるギターデュオ アサド兄弟が演奏した、グルーブ感と疾走感の半端ない曲です。バイヨンと言うのはリズムというか、ダンスや民族音楽の名称です。でも、じゃバイヨンって何?、と聞かれると、説明に困りますよね。そんなとき、この曲のノリですよ、と言える曲の1つがこの「やくざなバイヨン」ではないか、とおもっています。

バイヨンはブラジルのバイーア州で生まれました。というか、バイーア州発祥だからバイヨンと呼ばれるようになった、という方が適切でしょう。さて、ブラジルのバイーア州、と言えば何か思い出す曲はありませんか?

そうです、我らがディアンスのサウダージNo.3ですね!サウダージNo.3には副題があり、「F.Kleynjans に捧ぐLembranca do Senhor do Bonfim (ブラジル バイーア州 ボンフィン教会のお土産に)」となっています(みんな知ってたよね!?)。若かりしディアンスがブラジルを訪れた際に、その思い出を曲にしたのがサウダージNo.3ですね。もちろんサウダージも、バイヨンに分類される曲です。ここで紹介した2つの楽曲、楽譜におこしてアクセント記号を書くと違うリズムになるのかもしれませんが、そこから導き出されるノリには確かに共通するものがあるように思います。それこそがブラジルの、バイヨンなんでしょうね。


冒頭で紹介したやくざなバイヨンは、その名も「ブラジルの魂」と言うCDに収録されています。アサドがアントニオ・カルロス・ジョビンに捧げた名曲ジョビニアーナなども収録されていて、非常にお勧めの1枚ですよ。

ところで、この記事を書いていて気づきました。ディアンスがこの曲を書いたのは1980年、1955年生まれのディアンス若干25歳での傑作です。それは知識としてあったのですが、その時本楽曲を捧げられたクレンジャンスは、1951年生まれでまだ20代の29歳だった計算になります。お互いに若いころからその才能を認め合っていたのですね。