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ツイッターで音楽知識を呟いてみます

音楽理論に関しては、知っていると当たり前なんだけれど知らないと全くわからないことがよくあります。そして、その線引きが難しい。

じゃあ、それを自分の知識整理を兼ねてブログ記事にまとめてみよう、とするとなかなか時間がかかったりもします。あんまり時間をかけすぎてしまうのもよくないのかなぁ、とも思ったり。

と言う訳で、ツイッターの文字数制限を逆手に取って、日々ちょっとした知識をTwitterで呟いていこうかと思います。知らない人には考えるきっかけに、知っていた人にも思い出すきっかけになればいいなぁ、と。

まずは、音階の基礎知識からピタゴラス音律で始めようと思うので、よければフォローして呟きをご覧くださいね~。Twitterまとめ記事はブログにも連携したいもので、試してみます(うまく行けば)

音階の知識編

明日は休みなので少し夜更しなのですー!おやすみなさい。
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時の流れに想いを馳せる話

だんじりの後を歩きながら思ったことを書いているうちに、他にも似たような経験をしてきたな、と気づき、そんな内容を徒然に綴りました。時を経ることの美しさを知る人間でいたいです。

地車の話


地車の後を歩くのが好きだ。電気もガスもない時代に、同じ道を同じように歩いたであろう自分の祖先の事に想いをはせながら歩くのが、好きだ。幼き日の祖父も、そのまた祖父に連れられ綱を引いたのだろうか。

私の家の前の道は「有馬街道」と呼ばれ、有馬温泉まで繋がる昔ながらの街道だ。そんな道を、大名は湯治のために通ったのだろう。そんなことに思いを馳せる時間は、私は不思議な平穏へ導いてくれる。


古いギターの話


2001年頃のことになると思う、大学生のときに後輩のギター購入のために、今はなきフレット楽器オザキ大阪店へ5, 6人連れだって行ったことがあった。そのときは、コダイラや松岡といった購入しやすい価格帯をメインに見せてもらっていたと記憶しているのだが、社長さんがいたく歓迎して下さり、「珍しいギターを見せてあげる」と言ってくださった。それが、スペインの大昔のギター、という、ボディ全体に絵の描かれたものだった。

「400」と言う数字が頭に残っている。400年前のものだったのか、400万円、と言われたのか今となっては思い出せない。とにかく、現代のギターより一回り小さく、とても古いそのギターを、「本当は壊れるから弾くものじゃない」と言いながらポーンと鳴らしてくださった、その音を聞いたときの感動を今も強く覚えている。時間を経るということの尊さに心を打たれたのだ。その音に、形容は要らなかった。ただ、響きがすべてを伝えてくれた。



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え!!ハーモニカでソルの魔笛を!?

出来らぁっ!

…と言う訳で、今日は「モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲(F.ソル)」をギター以外で弾く、と言うありえない話を紹介したいと思います。

(ちなみにタイトルと冒頭のネタがわからない人は、「できらぁ」検索してください汗)

モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲


古典~ロマン派の時代に活躍したF.ソルの代表曲で、イントロ/ テーマ/ 5つの変奏+コーダと言う構成をしている。この曲は技巧的な見応えもありつつ、音楽的な聞かせどころもあり、古典的でありロマン的でもある(これは私の勝手な印象かも)素晴らしい曲です。一昔前は演奏会や発表会でよく聞いたけれど、最近少なくなってきたように感じるのは気のせいでしょうか。


誤魔化しがきかない


流石にあのソル様の曲です。よくできていて、誤魔化しが聞かない。すべての音を大切にしないといけない。けれど、すべて音を大切にしすぎるとそれはそれで曲にならない。楽譜の版に関しても、原典版なのかセゴビア版なのか、と言った議論の余地がある。演奏者のレベルに応じて別の課題が見つかる、常にレベルアップを図れる曲だと思います。そんな、クラシックギターの名曲中の名曲を、、なんと別の楽器で弾く人がいたんです。

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Appalachian Dreams (John Duarte)

Appalachian Dreams  
アパラチアの夢



作曲:John Duarte

I. Fantasia
II. Black is the Color of My True Love's Hair 3:36~
III. Darling Cora 6:24~
IV. Putney Hymn 8:02~
V. Finale 9:55~


ジョン=デュアルテ作曲 アパラチアの夢を演奏しました。シャロン=イズビンの委嘱により、デュアルテが実際にアパラチア地方を巡り収集した民謡に基づき作成した曲集です。 第56回猪居ギター教室的演奏会での演奏をアップいたします。この曲は、なかなか完成度が上がらず、また暗譜後も方向性が迷走したりと、なかなかの難曲でした。演奏でも細かいミスがつぶしきれず、少し残念です。

とはいうものの、この曲の全曲演奏がYouTubeに見当たらないこともあり、皆さんの参考になったり演奏が広まるきっかけになったりすれば、嬉しく思います。世界で全楽章演奏を投稿しているのは今のところ私だけなのだ!なんでもオンリーワンはいいことです。。

楽譜の表紙はシャロン=イズビンの写真集みたいになっております。



2018年度 第43回ギター音楽大賞では、IV パトニー讃歌と V.フィナーレを演奏して奨励賞をいただきました。

しかし、凄く久しぶりの動画投稿となりました。録音に適した状況とは何なのか、という単純な問いには意外と答えがなく、発表会での録画以外で録音し投稿することがなかなかできないでいます。「絵画と違い音楽には完成形がない」という福田進一先生の言葉が思い出されますね。まあ、単純に録画する時間と、そこまでもって行ける曲が不足しているという単純な理由もあります。。

アパラチン、と言っていますがパッと聞くとアイリッシュぽいんですよね。それはなぜか、なんてことを下記別の記事で紹介していますので、よければ合わせてお読みください。
アイリッシュでスコティッシュなアパラチアン、少しスペイン
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クラシックギターで奏でるOver(Mr.Children)

Over




作曲:桜井和寿
編曲:田嶌道生

Mr.Childrenさんの Over を演奏しました。
なんか、この曲を聞くとなぜか胸がキュッとなるわけですね。
別に、顔の割に小さな胸の彼女とか、少し鼻ににかかる声だった好きな人がいたわけではないんですけど、、なのに、昔の恋や懐かしい人のことを思い出すのはなぜなんでしょうか。

この曲は1994年に発売されたアルバム Atomic Herat に収録されていたものです。昔の曲ですけど、確か2000年代にも、男性が選ぶ失恋ソングナンバー1にもなっていたことがありました。名曲は色あせませんね。このアルバム曲のは、好きな曲ばっかりです。

とは言っても、そうかもう25年も前なのか。。年も取るはずだ。この動画を私がアップロードしたのも8年前の2011年。若い?変わらない?
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ブログの累計閲覧数が10,000PVに到達しました!

10月末日で残り約900閲覧(PV)に迫っていた累計10,000PVに、昨日11月12日到達していたようです。ひとえに読者の皆様のおかげです。おめでとうございます、ありがとうございます、ぱちぱち~。


集計結果


・所要期間: 165日 (2019/6/1 ~ 2019/11/12)
・累計記事数: 104記事
  ※2019年5月以前の記事の修整/ 再投稿記事を含む
・累計閲覧数: 10,032PV
・1日あたり平均閲覧数: 60.8PV

お、意外にも平均閲覧数が50PVを超えている。おぉー、これは凄いな、嬉しいですね。今月頭に報告したとおり、月ごとのPV数は残念ながら減少傾向が続いていて、今月は下止まりしてくれたらいいなー、と言うところです。

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10年越しにカルカッシのエチュードNo.11の魅力に気づいた話

カルカッシの25のエチュードは、とても優れている。適度に難しく、適度に簡単。行ってほしいところに行ってくれるけど、たまに裏切ってくれる。カルカッシの練習曲が弾けるようになったときには、他のたくさんの曲が弾けるように、読譜が早くなるようにできている。本当に素晴らしい。

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それはおっさん

ムスメ「おっちゃんって釣りしてるよねー」
あしゃお「ん?なんて?」

ム「おっちゃんって釣りしてるイメージあるよね?」
あ「そうかな…。。」(これはリアルにわからんな・・)

あ「ギター弾いてるイメージはないの?」
ム「それはおっさん」



なんやこのムスメ、なんで一瞬でそんな残酷な言葉が出てくるんや。一体だれに似たんだ(わしやろな、、)
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マチネが始まらない 話題のあの映画を見ていないおっさんの呟き

このブログを見てくださっている方はご存知の方が多いと思いますが、いまクラシックギター界隈はとある事で一色。そうです、福山雅治が主演の映画「マチネの終わりに」が11/1に封切りされたんです。でも私はまだ見てない。マチネが終わらない、どころの話ではない。そもそも、始まらない。そんな私の言い訳投稿です。最後は真面目に音量PA問題について語ってますので、よければ読んでくださいね。



周りが盛り上がると勝手に盛り下がるやつ


みなさんの周りに1人はいるでしょ、こういう面倒くさいやつ。「この〇〇ってバンドがいいんだよ、みんな聞けよ!」とか言ってた癖に、いざそのバンドが本格的に売れだすと「俺の好きだった〇〇から変わってしまった」「やっぱインディーズのデビューアルバムが1番だった」とか言い出すやつ。そのパターンに近い。

「クラシックギター?…好きだよ、やってるよ?え、最近映画流行ってるの?知らなかったなー」的な。我四〇前にしてツンデレ。

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叶わない夢だから光って見えるんだ

心が折れると言うけれど、固い心がなければ折りたくても折れないんですよ。折れないために固くするのも大事だけど、柔らかくしてもいいんだよ。固い心をとことん固くするのもいいけど、たまにはこれ以上ないくらい柔らかくしてね。柔らかくすれば折れないから、大丈夫だから。


打ち砕かれる自信があるなら、それは自信を持つように準備していたということですよ。自信をなくすということは、無くすだけの自信をあなたは備えていたんだよ。いったんそれは忘れてさ、また一歩ずつ頑張ろう。


自分の好きなことでお金を稼ぐことができる人は仕合せだし、それに見合うだけの努力もしているんだと思う。けれど、自分の努力の対象がお金を稼ぐ対象であった偶然には敬意を払わないとね。自分の好きなことと仕事が一致してない人も、それを恥じることは何もない。むしろ、それが一致している人が恵まれているんだ。

いやそれは違う、俺はお金を稼ぐために嫌なことも我慢して、頭を使って努力してきたんだ、努力していないお前らと一緒にするな。って思う人は、自分がお金を稼ぐことに興味を持てたこと自体に感謝する気持ちを持たないとね。意思を意思することはできない、とは金言だと改めて思うよ。


一般に成功者と呼ばれる人は、自分の努力の対象が世の中に認められる事象であったことが偶然だと理解し、感謝の念を忘れるべきではない。「道徳的理念の勝利は、あらゆる勝利と同じ『不道徳な』手段によって得られる。すなわち、暴力、嘘、誹謗中傷、不公正によって」 (「これがニーチェだ(永井均)」より、ニーチェの言葉を孫引き)金銭的価値どころか、道徳ですら単なる社会的合意の一種でしかない。ニーチェのこの言葉の意味を、その偶然を理解しないと、人は傲慢になりかねない。仕合せにもごく普通の生活に恵まれている自分への自戒を込めて。


夢を追いかけろ、なんて言えるのは非情な現実と対面したことのない仕合せな人か、叶わない夢があることも知っていて語っている無責任な人だ。それでも言えるのは、「夢は追いかけないと叶わない」と言う悲しい事実。だから、社会は叶わなかった夢に気づかないフリをして、「夢は叶う」と言うイデオロギーを発信し続ける。


私は、言いたい。悲しいかな、叶わない夢も在る、と。だからこそ、その夢を追いかけ、叶えようとすることに意味があるのだ、と。


想像してみて欲しい、すべての夢が叶う世界を。そんな世界で、「夢を追いかける」ことは果たして美しいことなのだろうか、称賛に値するのだろうか。私は、最後の一人になっても言ってやる。夢なんて叶わない。叶わない夢が大多数だ。だからこそ、私は夢を追いかけるのだ、と。あなたにも夢を追いかけ続けて欲しいのだ、と。

そして、最後に。夢なんて、いつでも諦めて構わない。夢よりも自分を大切にして。夢があって自分があるんじゃない、あなたがあって夢がある。未来を夢見るから今があるんじゃない、今があるから未来も存在できるんだ。夢を叶えようとして何かを犠牲にするなんてまっぴらだ。

そして、だからこそ、夢とはどうしようもなく尊いんだ。




夢を叶えようと一歩を踏み出すあなたへ、そして夢を諦めきれずにもがく私へ
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