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松下隆二

今日は、ギタリストとしてのみならず、音楽家として、人間として私が敬愛して止まない方を紹介したいと思います。松下隆二先生です。

松下先生は、九州は福岡在住のクラシックギタリストです。とは言え、松下先生は「クラシックギター」にその根本や由来らしきものがある、というだけで、本質的には自分をそんな狭い定義で捉えてらっしゃらないようにも思いますが。本来であれば私が紹介するまでもない有名人ですので、公式なプロフィールはご本人のサイトに任せたいと思います。と言った感じで記事を書き始めてみましたが、書き連ねていくうちに、「私と松下先生」とでも言うべきエッセイ、一種の恋文になりました。ご本人の紹介と呼べるか少し怪しくなりましたけれども、松下先生の魅力が伝わればいいな、ということで長文お付き合い宜しくお願い致します。


今改めて調べてみると、私が先生を初めて知ったのは、2010年のことのようです。九州在住の松下隆二という人が、大阪でレッスン会を開く、丁寧な指導に定評がある方なので是非どうか、と声をかけていただいたのがきっかけでした。そのときに聞いたのは、携帯電話を持たず、やり取りはFAXだ、と言う、怪しげな情報。。うん、それは凄い人か、変人か、どちらかだ。すごい変人の可能性もある。。

と言うのは冗談で(事実ではありますがポイントはそこではなくて)、紹介のもう一つは「作曲家を大切にし曲に寄り添う方」、とのことでした。よくわからないけど、なんだかすごい触れ込み。。当時公開レッスンと言うものの楽しさに触れ始めていた私は、これも縁だな、とのことでほんとになんとなく、何気なく参加を決めたのでした。受講曲は、「あるタンゴ弾きへの哀歌」でした。

そんなこんなでお会いした松下先生は、眼鏡に長髪、黒づくめと言った、まぁサラリーマンっぽくはない風貌、とても物腰柔らかく親切、深い知識を「上から諭す」のではなく、「横で一緒に語ってくれる」、それはそれは素晴らしい先生だったのでした。結局のところ、松下先生の「作曲家に、曲に寄り添う」という姿勢、それは対象に対する尊敬と愛情の念からきているのでしょう。そしてそれは、レッスン生や関係者にも注がれ、もしかしたら世の中そのものに向いているように思います。

松下先生は1993年の第39回九州ギター音楽コンクールにて優勝されその後渡仏されるのですが、そのコンクール優勝当時の心境を語った記事がかつて掲載されていました。残念ながら今はなくなっているようで私の拙い記憶に頼らざるをえませんが、内容は「嬉しいという感覚はなく、『自分の音楽』を問われるのはここからだ、と気を引き締めた」と言う感じの内容だったと思います。これも、当時の私には痛く鋭く突き刺さりましたね。私が若い頃コンクールに挑戦できなかったのはこれが理由です、と言ったら過言ですが、2割くらいはたぶんこれです(笑)。私の中の臆病な自尊心を、この言葉は十分すぎる説得力を持って育ててくれました。


当然私はそんな松下先生のレッスンに虜になり、いやそれ以上に松下隆二と言う人物そのものに惚れたのかもしれません、それ以来10年、毎年先生が大阪でレッスンを開かれる度に、ずっとお世話になり続けました。最初は個別の曲に関してお教えいただくことが多かったように感じます。けれど、回数を重ねるうちに、その奥にある、音楽の捉え方、楽譜との向き合い方、舞台へのアプローチ。そんな、メタ的な視点を少しずつ共有させていただけるようになった気がし、それを自分の成長として感じられたのは本当に仕合せなことでした。

2016年には、「松下隆二とギターの仲間たち」と銘打ったコンサートにデュオで参加させていただき、掛け替えのない経験をさせていただきました。今思い出しても夢見心地です(乙女か!)。

ギタリストの紹介文で、その人の演奏する個別の曲に触れることなくここまで話題を語れる、と言うのは稀ではないでしょうか。ギタリストが音を奏でる存在である以上、その評価は音楽と分けることはできません。けれども、彼の音楽は、その生き様や、穏やかな佇まいのうちに秘めた確固とした信念と不可分なように私には思われます。そして、松下先生にとっては、その「評価」と言うもの自体が語るに足らないものであることでしょう。ただ、音楽がそこにあればいいんだよ、と。

松下先生は、これまで毎年の大阪でのコンサートおよびレッスン会を、来年以降は同じく九州の池田慎司先生に引き継がれると決められたそうです。今後定期的にご指導いただけなくなるのは極めて残念ですが、これまでお教えいただいたことを忘れず今後もギターに精進したいと思います。そして、また九州に遊びに行こうかな。いつになることやらわかりませんが。家族や、ギターを始めた娘を連れていけたら最高ですね。

最後に、松下先生の影響で使うようになった「愛好家」という言葉を紹介してこの記事を閉じたいと思います。

私は兼ねてから、「アマチュア」という響きに違和感を感じていました。いわゆる職業ギタリスト、ギターに関する仕事で食べているわけではない身としては、「プロ」と言う言葉を使うわけにはいきません。しかし、「アマチュア」という冠をつけることには抵抗がありました。プロじゃないんだから大目に見て、とか、アマチュアの割には頑張ってるよね、といった免罪符的な働きをしてほしくなかったのです。そんなおり、先ほども紹介した松下隆二とギターの仲間たちの紹介文で、松下先生がさらりと「愛好家」と言う言葉を使われているのを見つけました。「ははーん」ですよ。「やられた」ですよ。なんなんでしょうね、私の悩みをみすこしたかのように、そこに答えがありました。ギターを好きな気持ちにプロもアマチュアもありませんでしたね。次回名刺を作る時には、肩書を「クラシックギタリスト」から「クラシックギター愛好家」に変えようか。このサイトのタイトルも変えてやろうか、そんなことすら考えたりする今日この頃です。

松下先生コンサート写真
2016.1.24 「松下隆二とギターの仲間たち」にて
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