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断定ブログは信用するな

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インターネットが世に現れて20年余、情報の流通に関して世の中は大きく変わった。特に情報発信はマスコミ=マスコミュニケーションだけのものではなくなり、1個人が少ないコストで情報や思いを全世界に向けて発信できるようになったのだ。

2006年、もう10年以上前になる梅田望夫の「ウェブ進化論」では、ウェブ上での知識集約を2種類に大別して紹介している。1つ目はウィキペディアに代表される「オープンだが、誰かが作成した仕組み」に対して個が働きかけ知識を集積するシステム。2つ目は、独立した個が各々行動することで、自動的に発生する秩序、群衆の叡智『wisdom of clouds』だ。

現状では、これらの取り組みは失敗に向かっているのではないか。残念ながらそう思っている私がいる。ウィキペディアはさかんに募金をつのっている。そして雑多な発信は、その真意が定かではないもの、さらにそれをコピペしたような内容の文章で溢れてきた。情報発信がマスメディアだけのものでなくなり、信頼は権威の手から離れた。低コストで情報を収集できるようになったそのうらで、情報に対する信用が下がってきてはいないか。これから、我々は何を信じればいいのか。

性格も能力も違う人に、「東大生の勉強術」が本当に役に立つのか。身長も体重も異なるあなたに、プロ野球選手の技術をそのまま適応できるのか。与えられる情報を咀嚼し消化する責任は、もはや受けて側にある。

こと音楽に関しては、正解なんてものはないと思ったほうが良い。もしそんなものがあるのなら、人間が音楽をする必要すらなくなるであろう。AIに任せて最適解を提供してもらえばよいのだ。でも、それはあなたが音楽に、芸術に望むことかい?

音楽のイデアは存在しない。その観点に立ったものは、みな自らのパースペクティブでそれぞれの音楽を求めなければならない。インターネットがどんなに進化しようと、検索システムがどんなに良化されようと、それは解決策足りえない。なぜなら、そこに答えはないからだ。

自分の意見を「正しい」と言い切れる人は、よほどの自信家か、かなりの勉強家か。意見の多様性を感じられない人の正しさを疑う自分の意見を持て。

断定ブログなんて、信用するな。
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