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叶わない夢だから光って見えるんだ

心が折れると言うけれど、固い心がなければ折りたくても折れないんですよ。折れないために固くするのも大事だけど、柔らかくしてもいいんだよ。固い心をとことん固くするのもいいけど、たまにはこれ以上ないくらい柔らかくしてね。柔らかくすれば折れないから、大丈夫だから。


打ち砕かれる自信があるなら、それは自信を持つように準備していたということですよ。自信をなくすということは、無くすだけの自信をあなたは備えていたんだよ。いったんそれは忘れてさ、また一歩ずつ頑張ろう。


自分の好きなことでお金を稼ぐことができる人は仕合せだし、それに見合うだけの努力もしているんだと思う。けれど、自分の努力の対象がお金を稼ぐ対象であった偶然には敬意を払わないとね。自分の好きなことと仕事が一致してない人も、それを恥じることは何もない。むしろ、それが一致している人が恵まれているんだ。

いやそれは違う、俺はお金を稼ぐために嫌なことも我慢して、頭を使って努力してきたんだ、努力していないお前らと一緒にするな。って思う人は、自分がお金を稼ぐことに興味を持てたこと自体に感謝する気持ちを持たないとね。意思を意思することはできない、とは金言だと改めて思うよ。


一般に成功者と呼ばれる人は、自分の努力の対象が世の中に認められる事象であったことが偶然だと理解し、感謝の念を忘れるべきではない。「道徳的理念の勝利は、あらゆる勝利と同じ『不道徳な』手段によって得られる。すなわち、暴力、嘘、誹謗中傷、不公正によって」 (「これがニーチェだ(永井均)」より、ニーチェの言葉を孫引き)金銭的価値どころか、道徳ですら単なる社会的合意の一種でしかない。ニーチェのこの言葉の意味を、その偶然を理解しないと、人は傲慢になりかねない。仕合せにもごく普通の生活に恵まれている自分への自戒を込めて。


夢を追いかけろ、なんて言えるのは非情な現実と対面したことのない仕合せな人か、叶わない夢があることも知っていて語っている無責任な人だ。それでも言えるのは、「夢は追いかけないと叶わない」と言う悲しい事実。だから、社会は叶わなかった夢に気づかないフリをして、「夢は叶う」と言うイデオロギーを発信し続ける。


私は、言いたい。悲しいかな、叶わない夢も在る、と。だからこそ、その夢を追いかけ、叶えようとすることに意味があるのだ、と。


想像してみて欲しい、すべての夢が叶う世界を。そんな世界で、「夢を追いかける」ことは果たして美しいことなのだろうか、称賛に値するのだろうか。私は、最後の一人になっても言ってやる。夢なんて叶わない。叶わない夢が大多数だ。だからこそ、私は夢を追いかけるのだ、と。あなたにも夢を追いかけ続けて欲しいのだ、と。

そして、最後に。夢なんて、いつでも諦めて構わない。夢よりも自分を大切にして。夢があって自分があるんじゃない、あなたがあって夢がある。未来を夢見るから今があるんじゃない、今があるから未来も存在できるんだ。夢を叶えようとして何かを犠牲にするなんてまっぴらだ。

そして、だからこそ、夢とはどうしようもなく尊いんだ。




夢を叶えようと一歩を踏み出すあなたへ、そして夢を諦めきれずにもがく私へ
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