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時の流れに想いを馳せる話

だんじりの後を歩きながら思ったことを書いているうちに、他にも似たような経験をしてきたな、と気づき、そんな内容を徒然に綴りました。時を経ることの美しさを知る人間でいたいです。

地車の話


地車の後を歩くのが好きだ。電気もガスもない時代に、同じ道を同じように歩いたであろう自分の祖先の事に想いをはせながら歩くのが、好きだ。幼き日の祖父も、そのまた祖父に連れられ綱を引いたのだろうか。

私の家の前の道は「有馬街道」と呼ばれ、有馬温泉まで繋がる昔ながらの街道だ。そんな道を、大名は湯治のために通ったのだろう。そんなことに思いを馳せる時間は、私は不思議な平穏へ導いてくれる。


古いギターの話


2001年頃のことになると思う、大学生のときに後輩のギター購入のために、今はなきフレット楽器オザキ大阪店へ5, 6人連れだって行ったことがあった。そのときは、コダイラや松岡といった購入しやすい価格帯をメインに見せてもらっていたと記憶しているのだが、社長さんがいたく歓迎して下さり、「珍しいギターを見せてあげる」と言ってくださった。それが、スペインの大昔のギター、という、ボディ全体に絵の描かれたものだった。

「400」と言う数字が頭に残っている。400年前のものだったのか、400万円、と言われたのか今となっては思い出せない。とにかく、現代のギターより一回り小さく、とても古いそのギターを、「本当は壊れるから弾くものじゃない」と言いながらポーンと鳴らしてくださった、その音を聞いたときの感動を今も強く覚えている。時間を経るということの尊さに心を打たれたのだ。その音に、形容は要らなかった。ただ、響きがすべてを伝えてくれた。



フランスの教会の話


新婚旅行ではフランスに旅行した。ベルサイユ宮殿にいき、モン・サン・ミッシェルにも泊まった。先日不幸な火災に見舞われたノートルダム大聖堂も訪れた。いずれも貴重で素晴らしい経験だ。しかし最も感動したのは、モンマルトルの丘周辺を散策していたときに、ふと何気なく訪れた教会で、祈りを捧げる市井の人々の姿を見かけたときだった。

私達以外に観光客らしき人はおらず、静寂を打ち破ることはもちろん、足を踏み入れたこと自体に申し訳なさを感じるほど、敬虔な空気がそこにはあった。何百年も前に建立され市民の祈りを見届け続けてきた教会こそ、他のどんな有名な教会よりも尊く感じられるものだった。


今日はタレガの、そして母親の誕生日です


1852年11月21日、今から167年も前の今日、スペインでタレガは生まれました。彼の残した曲が、今も皆に愛されていること、それ自体が喜ばしいことのように思います。私がクラシックギターを好きなのは、音や曲に依るところはもちろん大きいですが、それに加えて、過去から伝えられてきた、まさに「クラシック」なスタイルや楽器そのものを愛しているのかもしれません。

タレガの生誕からちょうど100年後の今日、私の母親が生まれました。その1人の女性の偉大な人生の中で私も生を受け、そして私の二人の娘に繋がってくれました。

おふくろ、誕生日おめでとう。私を生んでくれてありがとう。元気で長生きしてください。

「逃げ続けてきました。」絵本作家ヨシタケシンスケと糸井重里の対談紹介


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