これだけ長くに渡って指導いただけることには感謝しかない訳だが、ここまで長期になると、先生の忍耐はもちろんのこと、相性やお互いの健康といった運の要素にも助けられているところがあるのかな、とも思う。
この20年間、長かったようで短くもあった。色々なことがあったし、ただただ春夏秋冬が繰り返していっただけでもあった。変わらないのは、ギターが好きで、今のギター教室が好きで、ずっと通い続けている、ということだ。
私は、ギターを弾くのが好きだ。私がこれまでギターを続けてきた理由は、本当にそれだけだ。だから、ギターのことをほとんど知らない。自分が弾いているギターも、一目惚れして買ったものをずっと弾いているだけなので、実は素材が分からない。音源もほとんど聞かない。音楽史もギターの歴史も分からないし、世界の著名なギタリスト、とか、たまに知ったかぶりするけどほんとは全然知らない。
そんな姿勢だから20年掛かってもこのレベルにしかなれない、とも言えるだろうし、こんな私でも20年続けていればこれくらいは弾けるようになった、とも言えるかも知れない。
だからと言って別に、ギターのことをもっと勉強すべきだ、と他者に説法したい訳でもなく、いや勉強よりもとにかく弾く私の姿勢を真似すべきだ、とか言った主張があるわけでもなく、言いたかったのは、とにかく気づいたら20年経っていた、という事実に驚いている、とことである。振り返るとそこには、決して短くはない道が示されていた。
とまぁこんな記事を書きながら、でもこんな日記投稿しても仕方ないか、と思ってお蔵に入れている間に、偶然下記の動画と出会った。イェラン・セルシェルのシャコンヌ(組曲第10番、S.L.ヴァイス)である。セルシェルも年をとったなぁ、彼の演奏は音も曲調も生真面目であまり好きじゃなかったなぁ、とか勝手な思い込みを持ちつつ聞いてみたら、これがめちゃくちゃいい。胸にグッとくる。1955年生まれの66歳のセルシェルによる、円熟と呼ぶに相応しい11弦ギターの演奏。
このシャコンヌが素晴らしいとTwitterで呟いていたところ、同曲のセルシェルの若い頃の演奏も教えてもらった。確証はないが、おそらく2007年に来日したときの公演ものだと思われる。この演奏を聞いていたら、思わず涙が溢れてしまった。このレベルの人が、15年20年と同じ曲を奏でている、ということの裏に垣間見える時間の影が、私の琴線を掻き鳴らしていったようだ。
20年という月日に思いを馳せていたときに、このセルシェルの動画に出会えたのもなにかの縁かもしれない。セルシェルのような感動を共有することはできなくとも、20年ただ好きな趣味を続けてきた男の道が、誰かがこれからギターを続けていくための支えになれば嬉しいな、なんて勝手なことを願いながら、下書きに埋もれていたこの記事を投稿することにした。
最後に嫉妬を含めた本音を言うと、クラシックギターが上手い人には、弾くことだけではなく、聞くことも好きな人、知識の広く深い人が多いような気がしている。ただし単なる体感で根拠はない。また、たまに物凄い知識でつまらない(と私には感じられる)演奏をされる人もいることはいる。結局は感覚とか相性なのでしょう、、って、それは仕事も趣味も友人関係も同じか。。
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