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受け手に応じて表現を変える。ドラえもん0巻に感じる藤子不二雄の凄さ

私は自慢じゃないですけれどドラえもんが大好きです(本当に自慢になってない)。家に全巻揃えているくらいには大好きです。アニメを見ながら漫画と違うやん!って突っ込むくらいには好きです。最近はアニメオリジナルが増えたので残念ですけど。

という訳で、ドラえもんのゼロ巻も買いましたよ!もちろん1巻は持っていて第1話は知っていましたけれど。


『誕生50周年にちなみ、全6種類の「ドラえもん」第1話を初出バージョン&完全カラーで収録。』(小学館 書籍の内容より抜粋引用)



完全カラーなのでお値段少し高めです。。

年齢層ごとに書き分ける、の凄さ


「全6種類の第1話」と言うのは、よいこ/幼稚園/小学一年生~四年生と雑誌ごとに異なる内容を連載開始したことに由来します。それがね、ほんとに見事に書分けられているんですよ。対象年齢に合わせて、内容を変える。絵柄を変える。

ドラえもんの身長129.3cm。これは、設定決定当時の小学4年生の平均身長に合わせた。ドラえもんにはのび太と同じ目線でいて欲しい、と言う藤子先生の思いだった、と言うことです。その上で、ドラえもんのプロフィールは全て1293に統一されている、と言うのがさらなる藤子先生の遊び心。身長129.3cm、体重129.3kg、胸囲129.3cm、誕生日2112年9月3日…。
とまぁこの公式設定とは別に、幼稚園児/ 低学年向けだとのび太が明らかに小さく、高学年だと大きく書かれているんですよ!凄いね、凄いなほんとに。

もちろん絵柄だけではなく、内容も違う。高学年向けだと、結婚相手が変わると子孫のセワシが生まれなくなるのでは?なんてタイムパラドックスまで言及するのに、小さい子向けだと「ひきだしからでてくるなんて きもちわるいや」とのび太に言わせて終わりで、説明自体をばっさり省略しています。

ドラえもんファンはもちろん、そうでない方も「表現の幅」に興味のある方はぜひ読んでみてください!

音楽も同じではないか


「表現の幅」と言うと、実は音楽も同じなのでしょう。子供にバッハを聞かせるか、と言う話です。楽しむ子供もいるでしょうし、音楽の早期教育としては良いかもしれない。けれど、どちらかと言うと、一緒にトトロを歌った方が喜ばれる可能性は高いと思います。

別に、聞く人に合わせてレベルを落とせ、と言いたいわけではありません。でも、わかりやすい曲を、とか、理解しやすい演奏(味付け)を、と言うのは必要な観点なんだな。と言うのを改めて感じました。ドラえもん1巻を知った上で0巻の収録内容を読むと、「わかった上で書かない」「対象に応じてデフォルメする」と言う技の凄さをまじまじと感じます。


もちろん同じ表現が万人受けすることが望ましい。とは言え、年齢により、性別により、習熟度により、望まれるものが変わるのが自然なのでしょう。


コンクールの演奏曲とか、特に難しいよね


今私が頭を悩ませている、コンクールの演奏曲。これも、聞き手の評価しやすい曲/ 表現と自分の演奏したいそれが一致しなければ、良い結果を期待することは難しいのでしょう。コンクールの場合は、受け手である審査員の側が圧倒的知識と技術を持っている、と言う特殊事情があるため、審査員の評価を突き詰めていくことで新たな技術や表現を得る機会とすることができます。


それでも、「なぜあの人の演奏は私を魅了するのか」「どうして彼の演奏がコンクールで評価されるのか」と言った問いは演奏者側だけでなく受け手側にも左右される、ということは理解すべきです。もし優勝者の演奏をあなたが好きではないのなら、そこには何かしらの断絶があるかもしれません。

デフォルメが得意な方が、写実主義の方が審査を務めるコンクールに応募してもお互い不幸になるだけかもしれません。。場合によって自分の方向性と審査の傾向は確認した方がいいかもしれませんね。


でもそれってブログも同じか。。


表現と言う漫画でも音楽でも同じ。実は本もエッセイもブログも同じ。表現を受け手に応じて使い分ける。対象を想定して投げかける内容を変える。これってとても大切なことなのでしょう。音楽もブログも表現者としての基本、受け手に伝わって欲しいと言う基本がブレてはいけません。そしてそのためには、誰に届いてほしいのか、対象者を明確にすることが大切ですね。

ちなみにこのブログは、ターゲットがよくぶれています😇 「書き手(私)の書きたいことを書く」でないと、そもそも投稿が続かないのでね、、
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