そう考えたときに、ギターと言う楽器の最も大切な特徴、それは「音を消せる」ことではないか、と最近思うようになった。和音を奏でる楽器であって、かつ休符をコントロールできる楽器と言うのは、恐るべきことなのではないだろうか。音楽を奏でるときは、どうしても「音を出す」ことに意識が向かいがちである。「休符は音が休んでいるだけで、音楽が休んでいるわけではない。ましてや演奏者が休む時間ではない」なんてことはよく言われる。実はギターと言う楽器は、この「特定の音を消す、休符を表現する」ことに関する柔軟性に優れているのだ。
オーケストラに参加する楽器にはもちろん和音楽器もあるけれど、基本は単旋律の集まりと見なせられる。それらの単旋律は、個別の楽器ごとに始まりと終わりを決めることができる。この、「始まり」だけでなく「終わり」を決められるという点は、あまり語られないけれど実は非常に重要な点なのだ。
少し前の話になりますが、テレビ朝日系列「題名のない音楽会」の1月30日の放送で武満徹の特集が放送されていました。タイトルは、「日本の巨匠 武満徹~音が沈黙と測りあうとき」でした。 武満徹さんは日本を代表する作曲家で(1996年に逝去されています)、クラシックギタリストにとっても大変重要な楽曲を作・編曲もなさっています。 武満徹さんの音楽を評して、指揮者の佐渡裕さんは…
ピアノは優れた楽器だけれど、特定の音だけを止める、あるいは伸ばすと言うことには不向きである。和音として発してしまうと、あとは自然減衰に任せるか、ペタルにより持続するか、になってましまう。実はギターでは、この「特定の音だけを止める」ことができてしまうのだ。だって弦が6本しかなく、その全ての振動を個別に止めることが原理上自由だから。
奏者を指揮者と見立て、6本の弦を楽器群と見なせば、これはまさにオーケストラだ。ギターの小さなオーケストラたる所以(ゆえん)は、この「撥音」だけでなく「消音」まで対応可能だ、と言うところにあるのではないか。もちろん音色を豊かに変えるのは楽しい。その延長でオーケストラを模したり、そこに表現の一端を求めるのもよいだろう。ただ、「消音」の大切さに関して、是非皆さん改めて認識して見てほしい。ギターの上達の極意は、「音を出す」ことだけでなく、「音を消す」ことにこそあるのだ。
むかし谷辺昌央先生はマスタークラスで、「倍音成分も含めて不要な音はすべて消しなさい」と指導されていた。はっきり言うと、当時は「そんなことできるかい!」と思った。そんなことまで気にしてたらギター弾けなくなるわ~と。でも今なら、おっしゃられていたことが少しわかる気がする。オーケストラで、1つの楽器だけ消音タイミングがずれているのはおかしい。音符(休符)通りに音を止めずに音を出し続ける奏者がいたら、みんな突っ込むだろう。楽器同士の共鳴があろうが、いや共鳴があるからこそ、休符通り確実に音を止めねばならない場面もあるはずだ。谷辺先生の指摘は、小さなオーケストラとしてのギターの可能性を理解されているがゆえのアドバイスだったのだろう。
偉そうなことを述べたけれど、いつものごとくこれは放言である。私の演奏は倍音に塗れていて、消音できてない部分もたくさんある。全て気にしていたら演奏できない。けれど、いま私は「消音が大切だ」と言うことを知り、それを実践するかしないかを選択することができるようになった。偉そうなことを言っても、レッスンで「そこ音が重なってます」「濁ってます」と指摘されることもしょっちゅうだけれど、ともかく意識ができるようになった。
人間、「知らないこと」を実践するのは非常に困難だ。多くの場合、何かを知らずのうちに実践するためには天賦の才が必要である。しかし、「知る」ことを武器にすれば凡人も一歩ずつ確実に進化することができる。全ては「知ること」から始まる。音は出すだけではない、消すことも重要だ。その事実が、あなたの演奏の新たな気づきになることを願う。
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コメント
皮肉に聞こえる
要するに
「一人でやってるんだから割り引いて聴く」という暗黙の了解がなければ成り立たないという点で、一人で太鼓叩いてハモニカ吹いてギターを弾く「ワンマンバンド」と同様の「曲芸の性質」をもつものだ。
という皮肉、あるいは賞賛と皮肉のダブルミーニングの発言の可能性がある、と考えています。
2021/03/18 11:50 by コウヘイ URL 編集
Re: 皮肉に聞こえる
おっしゃるとおり、クラシックギターと言うのは演奏が不完全になることの多い楽器で、皮肉である一面を否定しきれないと私も思います。しかし、一部の本当に素晴らしい演奏家の音楽に触れると、ギターと言う楽器の持つ制約を忘れ、その魅力だけを感じる時間に浸ることができるのもまた事実です。
「ギターは小さなオーケストラ」この言葉を残した人も、そのようなギターの可能性に触れてこの発言してくれていたのなら嬉しいなぁ、そのように思います。
2021/03/18 22:16 by あしゃお@管理人 URL 編集