2020/01/06
鬼才にして天才 早世したローラン・ディアンスを悼む
前回カプリコーンの夢に関する記事を再投稿しましたが、その時に「ディアンスに関して別記事で」と書きました。でも、クラシックギターを好きな人なら、ディアンスの凄さや素晴らしさはとっくに知っていて、語っているんですよね。。と言うわけで、今回はそんなすでに語られている中から特に私が読んでいて面白かった記事を紹介したいと思います。記事の特性上、敬称略となる個所に関してはご了承ください。
ディアンスはなにを遺し(え)たか2017年にディアンス没後一周年に行われた「ディアンスナイト」。出演者4人の座談会形式のスペシャルトークが、全3回にわたって掲載されています。鈴木大介 × 大萩康司 × 松尾俊介 × 村治奏一と言う超豪華な顔ぶれで、ディアンスの音楽性、その裏にあった人となりだけでなく、武満徹の話に続くなど、非常に興味深い話が載っています。「ちびっこディアンス問題」は賛否両論でしょうか?!
ところで、上記記事には大萩康司さんがディアンスの曲に出会ったときの話が、九州はフォレストヒルでの一幕として書かれています。そこに名前が出てくるのが福山仁、松下隆二、池田慎司といった九州の名ギタリストの面々。
ここのあたりの話が、
松下先生のブログにも出てきていて、ネットの無かった時代にディアンスの影響がじわじわ広がっていくさまが想像できてわくわくします。私がディアンスを知ったのも2000~2001年ころで、携帯電話(スマホじゃないよ!)がようやく普及し始めたころ。今でこそほとんどの曲のことはYouTubeでいつでも聞けるようになりましたが、当時は噂で聴いたものを探してCD屋やツタヤに行く、目の前で先輩が弾いているのをみて感動する、というように、曲と出会うために今よりもひと手間かかりました。でも、その手間のおかげで、手に入れたものがひと際輝いていたという一面もあるように思います。こんな風に思い出が光って見えるのは単に年を取っただけでしょうか(笑)。
というわけで、記事の紹介だけで終わっては面白くないので、記事に書かれていた内容を勝手に年表にしてみました。それ以外に、私の手元にある楽譜、CDやなどの情報も書き加えています。
以下、特に注記の無い曲名は、その年にディアンス作曲で刊行されたことを示します。
1955年10月19日 ディアンス 生誕
1970年 鈴木大介 生誕
1978年 大萩康司 生誕
1979年 松尾俊介 生誕
1980年(ディアンス25歳)
3つのサウダージ(ディアンスにとって初の刊行)
1981年 あしゃお 生誕
1982年 村治奏一 生誕(奏一さんって年下だったのか・・。。)
1985年
タンゴアンスカイ 発刊
福田進一ラジオでタンゴアンスカイを弾く
鈴木大介がそのラジオを聞き、楽譜を入手し弾き始める
1986年
ディアンス 心臓病の手術を受ける
リブラソナチネ 発刊
1987年
ヴィラ=ロボス讃歌 発刊
福田進一アルバム「
21世紀のタンゴ」にタンゴアンスカイ収録
1994年
ワルツアンスカイ 発刊
1995年
カプリコーンの夢 発刊
大萩康司がディアンス作品と出会い、タンゴアンスカイやリブラソナチネを弾く
松下隆二パリより帰国、池田慎司 渡西
1996年
鎌田慶昭 アルバム「
リブラソナチネ」発売
村治奏一 モルジーヌ マスタークラスで大萩康司のリブラソナチネを聞き、楽譜を入手
1997年
大萩康司 渡仏
1999年
松尾俊介 渡仏
2000年
あしゃお大学入学、タンゴアンスカイと出会い、歓喜する
2001年
ディアンス ギター編曲集、”
Mes arrangements a l'amiable” 発刊
(フェリシダージ(ジョビン)やヌアージュ(ラインハルト)、ショパンのマズルカ、ワルツなど名編曲の宝庫)
あしゃお、同級生のリブラソナチネを聞き驚愕する
2003年
大萩康司 アルバム「
ブルー」にヴィラ=ロボス讃歌、タンゴアンスカイを収録
村治佳織、アルバム「
リュミエール」にサウダージNo.3を収録
2004年
トリアエラ 発刊
2005年
サウダージ No.3 改訂版発刊
2015年
松尾俊介、
トリアエラ ~ ローラン・ディアンス作品集を発売
2016年10月29日 ディアンス永眠、享年61歳
個人的は、「カプリコーンの夢」「サウダージno.3」は下記に動画も紹介していますし、今でも自身のコンサートピースです。もしコンサートがあれば、ですけど。他にも、タンゴアンスカイ/ ワルツアンスカイ/ リブラソナチネ/ フェリシダージ/ グノシエンヌNo.1/ ヴィラ=ロボス讃歌・・譜読みし演奏した曲は数え切れません。たぶん他にもあるはずです。あまりにも偉大な作編曲家に改めて敬意を表したいと思います。
管理人あしゃおのギターソロ演奏動画まとめ私がクラシックギターを本格的に初められたのも、続けられたのも、ディアンスに負うところはあまりにも大きい。ありがとう、ディアンス。
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