佐藤弘和さんはあえて調を変更した
Claptonの歌う原曲はキーAmajor(♯3つ)なのに、編曲物はキーEmajor(♯4つ)に移調されています。これは、タイトルにともなう佐藤弘和さんの遊び心が理由です。Tears in Heavenの「Tears」は英語で「涙」のことですが、スペイン語では「Lagrima」と言います。そして、クラシックギターで「Lagrima」と言えば、これはもうFrancisco Tarregaによる名曲「Lagrima」のことなんですね。私の
Lagrimaの演奏もうっかりアップロードしています。
Francisco Tarregaは、19世紀末から20世紀の頭にかけて活躍したスペイン出身のクラシックギターの演奏家・作曲家で、現代のクラシックギター奏法の基礎を作ったとまで言われる人物です。彼の手による曲には、クラシックギターを知らない人にも有名な貴重な曲「アルハンブラの想い出」などがありますね。その他にも傑作を多数遺していますが、その一つが「Lagrima」で、キーEmajorとEminorによって構成されてます。
佐藤弘和さんは、「涙」繋がりと言うことで、この「Lagrima」のモチーフを引用するために「Tears in Heaven」をEmajorに移調して編曲されたんですね。さらには、Lagrimaの構成を模してか、中間部には原曲にないEminorの部分もでてきます。そう言う意味では、「遊び心」と言うよりは、Tarregaに対する尊敬の念と言った方が適切かも知れません。
さて問題です。楽曲中でClaptonは何回「Tears in Heaven」というでしょう?
ところで、楽曲「Tears in Heaven」の中では、Claptonが繰り返し「Tears in Heaven♪」と歌っていますよね?さて、それは何回でしょう。こう聞くと、指折り数えたくなるところですよね・・。ところが、答えは・・なんと、1カ所だけなんです。驚きではないですか。
この曲は、4歳で事故死してしまった息子を想いClaptonが作った曲で、「もし天国で君に会えたら・・」と言う歌い出しで始ります。そして、「でも私は強く生きていかなければならない、なぜなら"I know I don't belong here in heaven"私はここ天国にいるべきではないから」と続きます。そうです、「tears in heaven」ではなく「here in heaven」なんです。1番も2番もここの歌詞は同じです。キーCmajorの展開からさらに間奏を挟んだ3度目に、初めて、そして唯一回「Tears in Heaven」と言う歌詞が登場します。そこの歌詞を引用します。
"Beyond the door there's peace, I'm sure. and I know there'll be no more tears in heaven"
(扉の向こうに安らぎがある。天国にはもう涙はいらないんだ)
メロディーの都合で歌詞が途切れる上にタイトルのイメージがあってわかりにくいのですが、"No more Tears" in Heaven なんですね。この曲はおそらく、涙に明け暮れている曲ではなく、涙と決別して強く生きていこうとする曲だと思います。
上記の例をあげるまでもないことですが、ひとことで「涙」と言っても、悲しい涙・怒りの涙・嬉し涙など色々な涙がありますね。昔は「涙=悲しい→minor?」と言う思いこみしか持っていなかったので、TarregaのLagrimaのEmjaorの明るい響きにはあまり思い入れがありませんでした。しかし、色々経験を重ね・・(
いつのまにか29歳になりました、、という記事を書いて幾星霜、、ことし38歳になりますよ涙)、、ある時ふと、「涙にも嬉し涙、感動した涙ってあるな」とふと気づいたんです。実感したんです。その瞬間から、TarregaのLagrimaが大切な、大好きな曲になりました。
Tears in Heavenに関しても、「強く生きていこう」と言う前向きな想いがあるからこそ、minorの響きではなくmajorの明るい響きを用いているのかも知れません。色々な涙を大切にしながら、LagrimaもTears in Heavenも大切に弾いていきたいと思います。
こんな記事を書いたところ、なんと・・
上記原曲及び編曲に関する記事を投稿したのが2010年11月。もう10年近く前ですね。そうしてしばらくすると、mixiで、見知らぬ人からマイミク申請とメッセージが届きました。それが、なんと佐藤弘和先生ご本人からだったんです!先生は当時、今でいうところのエゴサをされていたようで(ちょっと微笑ましいですね)、私の記事も読んでくださり、「いい紹介記事をありがとうございます」とわざわざメッセージをくださりました。その時にわかったサプライズとしては、「歌詞知らずに編曲したよ。勉強になりました」という笑い話でした。w まじかー。でも、それでこれだけストーリーに沿った素晴らしい編曲になるというのは、Claptonの作曲/歌唱力と佐藤先生の編曲力の両方が合わさった奇跡だったのでしょうか。いや、奇跡というには失礼な、粋なコラボレーションでしょうね。
村治佳織さんの演奏は、音が違う・・?
さて、せっかく佐藤先生と連絡が取れたので、前から気になっていた疑問をぶつけてみました。「村治さんの『
ポートレイツ』での演奏、肝心のEminorになったところ(私の演奏で
2分45秒あたりから)、ソに♯(シャープ)ついたまま弾いてません?何でですか」と。
衝撃の答えは・・「かおりちゃん間違えただけちゃうかな~~」ですって。いや、マジか。。これは佐藤先生視点の回想ですので、どなたか村治さん視点で情報がある方は教えてくださったら嬉しいです(笑)。いや、その前の歌詞知らなかった問題も合わせて、佐藤さんの音楽的感性の鋭さと、柔らかさが同居する楽しいエピソードだなぁと個人的には思っています。
人に突っ込む前に、お前も音間違っとるやんけ!の話
とまぁ、偉そうに人の演奏が間違っとる、と突っ込んでみたわけですが、ちなみに私の演奏も間違いがあります。。ミスではなく、間違いなんですよね。厳密には、途中で譜読み間違いに気づいたのですが、意図的に間違いのままに残しました。それは、
5分47秒で、低音が「ミ⇒レ⇒ド♯⇒シ⇒ラ・・」と下降していくところ。低音シの上に乗っかる「レ」が、楽譜ではレ♯なんですが、私はレ♮で弾いています。当時、これはE7⇒Aだと思って当たり前のようにレ ナチュラルで譜読みしてしまったんですよね。で、あとからシャープだと気づいたんですけど、内声が半音進行でド♯に向かうのもきれいだな、と思ってそのまま譜読み間違いで押し通したんです。今になって見返すと、ここにE7 はやっぱりないような気がしてきましたね・・。よくわからん、教えて誰か
エロい人エラい人。
まぁ、なんだ、たぶん佐藤先生は、弾きたいように弾きなさいと笑ってくれるんじゃないかな(願望)。
あとがきそんな佐藤弘和先生も、鬼籍に入られてもう2年半になります。佐藤さんの新しい曲と出会えないのは寂しいことですが、残してくださった楽曲をこれからも愛しみたいと思います。
冒頭の動画は、第49回猪居ギター教室定期演奏会(2011/4/23)での演奏です。お越しいただいた方、ありがとうございました。当日は、ラグリマ繋がりと言うことで
Adelitaとセットで演奏しました。お聞きいただけると幸いです。
2010/11/21 楽譜紹介記事 投稿
2011/6/18 演奏紹介記事 投稿
2019/7/24 2記事をマージし、加筆再投稿
2019/12/26 加筆小修正
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