上記文章の中で、彼はこんな言葉を残している。『生きているうちにちゃんと別れの言葉を交わすことができるというのは、終末期の人間に唯一与えられた権利だ。』 その言葉と裏腹に揺れ動く感情が吐露され、読んでいて胸が痛い。
実はこれに似た文章を以前に目にしたことがある。GLAYやジュディ・アンド・マリーのプロデューサーとして有名であった佐久間弘和さんのブログだ。彼はスキルス胃癌で余命宣告を受けた後、その心情をブログに掲載していた。
癌などと言う厄介な病気になってしまったが、冷静に思えば突発的病気や事故等に会うよりは、人生を振り返ったり改めて考えたり、大切な人たちの事を思ってみたり、身辺整理の時間を持てたり、感謝の心を育てられたり。案外悪くはないのかもしれない。
しかし、佐久間さんも、案外悪くはない、との言葉とは異なり、やりたいことがたくさんある、何をすればよいかわからないと揺れ動く気持ちを書かれていた。残念ながら彼のブログは閉鎖されていて読めないので、その文章の一部を引用した私の記事を紹介しておく(※1)。
追悼 佐久間正英さん(SPECIAL THANKS) - 趣味で続けるクラシックギター
重大な疾病にかかることで、余命宣告を受けることで、残された命と真摯に向き合う期間が持てる。そのことに感謝しようと言う前向きな気持ちの一方で、どうしても生じる、何故?どうして私が?と言う悲しみや悔しさ。両者に挟まれ苦悩する、と言うのは皆同じなのかも知れない。いずれにせよ、ただ一つ確かなことは、彼も彼女も私もあなたも、いつかは死ぬと言うその事実である。私がこの文章を無事に書き終え公開できる保証だってどこにもない。いつ死が襲って来るかは誰にもわからない。
であれば、今私にできることはなんだろうか。彼らが残した覚悟と未練の葛藤を、今を生きる者として無駄にしたくない。山口さんのブログタイトルは『グッドバイ』、佐久間さんのタイトルは『goodbye world』であった。私は世界に別れを告げる覚悟ができているだろうか。死と向き合うことから逃げていないだろうか。
『サヨナラの意味が解るまでに 何度サヨナラを言えばいいのか』 1996年発売のアルバムBELOVEDに収録されたGLAYの楽曲、カーテンコールの一節である。初めて聞いたのは高校生の頃だったと記憶する。ちょうど当時、いわゆる「別れ」というものを初めて経験したところだった。と気取った言い方をしたが、なんの事はない、女の子に振られただけである。二人で映画に行ったり食事をしたり、好意を持っていた、そして持たれていたであろう女の子に『もう会えない、別に好きな子ができた』と言われた。それだけのよくある話だ。ただ、その子にもう会えないと言う事実よりも、『もう会えない』という言葉は、文字通り『もう会えない』ことを示している、ということの方が私を狼狽えさせた。
あの時あの子に振られるまで、私にとって「さようなら」と言う言葉は、「またね」と言う再会を期す言葉と同義であったのだ。正月に会った親戚とは、また盆に集う。友人と喧嘩をしようが、休みがあければ彼は学校に現れる。親にどんなに怒られようが、次の日の朝には食卓で顔を合わす。学校を卒業しても同窓会がある、結婚式だってあるだろう。いつかまた道でばったり会うかもしれない。さよなら。またね。今度いつ会える?
けど、いまこの子と別れたら、もう二度とこの子と会うことはないんだな。その事実を知らずに高校生まで生きてきたことが怖かった。いや、もちろん知ってはいた。けど、解っていなかった。俺はサヨナラの意味が解るまでに、あと何度サヨナラを繰り返すんだろう。ただ恐ろしかった。あれから20年以上が経った。結局サヨナラの意味がわかったのかわからないのか、それすらよくわからないまま、私はこの秋に40歳になる。もちろんそれまでに何もなければ、であるけれども。
山口さんの文章に触れる前から、最近考えていることがある。生きている間にもう会うことが叶わないであろう人と、死んでしまった人との違いとはなんだろうか。もう私の世界に現れることがない人たちは、死んでしまったのと同じなのだろうか。それとも、会うことがなくとも現に生きている人たちと同じように、死んだ人たちは今も私の世界に存在しているのだろうか。
私の解釈が世界を成立させ、私の中に全てを存在させることができるのであれば、他者の死と言うものは実は私に影響を与えない。「彼は私の中でずっと生きている」というのは、強がりでもなんでもなく、哲学的な回帰の一つだ。ただ物理的に対面できないだけで、生きてるのと同じじゃないか。生きていてもどうせ会えないんだから。
しかし「私が死んだ後の世界に、私は何を残せるだろうか」、と考え出すと、この問は形を変える。私が消滅したら、私が認識していた世界は、私だけが記憶していた過去はなくなってしまうのか?「私の中に生きている」と言った彼はどこへ消える?私はまだ、あなたの中に生きていますか?
ディズニー映画「リメンバー・ミー」で描かれた、誰からも忘れ去られたときに人は本当の死を迎える、という題材は、まさにこのことを示しているのだろう。忘れないで、思い出して。リメンバー・ミー。
人が本当に死ぬのは忘れ去られた時…『リメンバー・ミー』の死生観|シネマトゥデイ
個人的には、忘れないで、思い出して、と言う言葉で思い出すのは本多孝好の
fireflyである。この小説に関しては別稿で語っているのでそちらに譲るとして、それとは別に死について語るときに思い出す文章がある。人が死ぬ、ということに言及した小説の一節だ。いや、二つあるから二節だろうか。
「あんたさ」老女はその後で、唇をさほど開かず、呼吸のついでのようにいった。「人が死ぬことってどう思う?」
「特別なことではない」私は素直に答える。彼女自身が昨日、人はみんな死ぬ、と発言したばかりだった。
「そう、全然、特別じゃない」老女はなぜか嬉しそうに言う。「でも、大事なことだよね」
「特別ではないのにか」
「たとえばさ、太陽が空にあるのは当たり前のことで、特別なものではないよね。でも、太陽は大事でしょ。死ぬことも同じじゃないかって思うんだよね。特別じゃないけど、まわりの人にとっては、悲しいし、大事なことなんだ」
「それがどうかしたのか」
「どうもしない」白髪の老女は笑う。
伊坂幸太郎「死神対老女」(死神の精度収録)
「この世は怖い。人生は大きい。この三日間でつくづく俺はそう思た。人間は死ぬよ。哀しむべきことやない。ただ、人が死ぬということは寂しい。そやから人生は、やっぱり寂しいもんなんや。しかし、俺は生きて生きて生き抜くぞ。乞食になり果てても、気が狂うても、俺は生き抜くぞ。そうやって必ず自分の山を登ってみせる」
宮本輝「青が散る」
私にとってはね、人が死ぬのはやっぱり特別だよ。悲しいくて寂しくて、大事なことだ。それを紛らわすために、みんな死ぬとか、当たり前だとか言い繕うんだ。でも本当はみんな死んで欲しくない。長生きして欲しい。そしてまたみんなと会いたい。会って話したい、笑いたい。どうでもいいことを報告したい。
ここまで書いて、涙が溢れてきた。そっか、俺はみんなに会いたかったんだ。山口さんのブログを見て、佐久間さんのブログを思い出して、自分でも何が言いたいかわからないまま、でも何か書かないと、何か言葉にしないと、と思って手を動かしてきたけど、今わかったよ。俺はみんなに会いたかったんだ、それだけだ。会いたい。くそ、コロナのバカ野郎が。
この文章を書いている最中に、千葉真一さんの訃報を目にした。この文、この文字を打つ今まさにこの瞬間、窓の外で救急車のサイレンが聞こえる。救急車には誰が乗っているのだろう。搬送先は確保できただろうか。未曾有の危機は今も続いている。
人はいつか死ぬ。それがいつかは、神のみぞ知る。それが明日であっても後悔しないように生きよう。そして明日でないことを祈りつつ、少し遅くなったが今日は眠ることにする。おやすみ世界、また明日会いましょう。
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」
「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
伊坂幸太郎 「鋼鉄のウール」(終末のフール収録)
(※1)下記ブログでは、goodbye worldの全文転載を読むことができます。
佐久間正英氏 末期癌を告白 goodbye world | cyaoのブログ
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