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私が本当に好きなのは、コーヒーではなかった

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 私はコーヒーが好きだ。小学生の頃にブラックコーヒーを飲む父を見て憧れて以来、長きにわたりコーヒーを飲んでいる。父は牛乳を淹れていたようにも思うので正確にはブラックではなかったかもしれないが、いずれにせよ砂糖の入っていない、甘くもなくむしろ苦い液体を痩せ我慢して飲んでいるうちに、いつの頃からか手放せない嗜好品となり、今では甘いコーヒーは受け付けない。

 コーヒーは豆の状態で買ってきて、ミルで挽いてドリップする。ドリップはなるべく時間をかけ、ゆっくり淹れる。専門的な器具も知識も持ち合わせていないものの、挽きたての粉を蒸らしながらじっくりと時間をかけたほうが、雑味が少ない好みの味になると経験的に感じている。今ではトンと機会がなくなったが、たまに家に遊びに来ていた友人は「こんなうまいコーヒー飲んだことない」と来るたびにコーヒーをリクエストしてくれていたので、彼が大げさな人間であることを差し引いても、それなりに美味しいコーヒーが淹れられているのでは、と期待する。

 ここ数年は在宅勤務が多くなった。対して妻は出社を要する仕事に従事しているため、私が家にいることが多い。リモート会議に参加したり、資料を確認したりしながら、昼過ぎの妻の帰りに合わせ密かに二人分のコーヒーをドリップする。そんな日々を続けていた。

 最近子供が大きくなったのに合わせて、妻が勤務形態を変更した。夕方まで帰ってこないようになった。するとどうだろう。なんと私は昼のコーヒーを飲まなくなっていることに気がついた。今まで二人分を淹れていたコーヒーは、一人分に減るのではなく、零になっていた。

 今になって気づいた。私が本当に好きだったのはコーヒーではなく、二人で一緒にコーヒーを飲む時間だったのだ。喜んでるくれる妻の顔を見たかったのだ。いったい何時頃に家に着くだろう、と想像しながら二人分のコーヒーを淹れる時間が、香りに気づいた彼女に「コーヒーを淹れてくれたんだ、ありがとう」と言ってもらう瞬間こそが、かけがえのないものだったのだ。

 とまぁ格好つけてエッセイ風に書いたここまでが、本文の導入であって、本論はここから。。結局自分が好きだと思っているものは、実はその本質ではない、ということは比較的よく起こることで、最近私が体験したのは、上記コーヒーにまつわる内容でした。『顧客が本当に必要だったもの』と言う、木にブランコを吊るす絵は、もはやミームと化している感もありみなさんもどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか。
 
 「ユーザが本当に必要としているものを、ユーザは自分で理解できない」とはUX(ユーザーエクスペリエンス)の世界で有名な言葉のようです。本題とは離れますが、UXのインタビュー手法に関するこちらの連載はとても面白いので、よければ読んでみてください。

「要件定義」がうまく機能しない「3つの壁」 | Think IT(シンクイット)

 この言葉を私生活に適用すると、「私が本当に必要としているものを私は理解しているのか」、あるいは「私が本当に好きなものは何なのか」といった問いに変換することができます。私は本当に車を必要としているのか?を突き詰めれば、利便性の高い土地に引っ越すことが適しているかもしれませんし、年に一度旅行に行く代わりに、近所のマクドナルドに毎日行く方がストレス発散になる場合もあるかもしれません。

 さて、問題は趣味です。『私はなぜギターを弾くのだろう』。ギターに限ったことではないでしょうが、長く趣味を続けていると、ふと疑問に思うことがあるのではないでしょうか。その趣味が技術や知識の向上を要請するものであれば、長く続ければ続けるほど、徒労感を感じる機会は増えるように思います。あんなに素晴らしいプロが、こんなに上手いな若者がいる。そんな中、なぜ私はギターを弾いている?続けるのしんどくなってきた。それはごく普通の感覚ではないでしょうか。

 私の場合は、ギターを弾くのが好きということに加えて、ギターを通じて知り合った仲間との時間が大好きです。みんなの演奏を聞いたり、自分の演奏を聞いてもらったりして、あーだこーだと好き勝手な感想を言い合うのが最高に楽しい。そんな理由でギターを続けています。そして、そうやって気長にギターを続けている私の姿が、誰かが趣味を続けるきっかけの一つになれば、僥倖です。と思ってこのブログも更新しています。

 はっきり言って、趣味なんて辛い思いしてまで続けなくていいです。だけど辞めてしまう前に、一度立ち止まって考えてみてください。私はこの趣味の何が好きなんだろう、と。きっとその中には普段感じている嗜好だけでなく、それを取り囲む様々な要素が、「あなたが本当に必要としているもの」があるのではないでしょうか。

 ちなみに、こんだけ色々言いましたけど、私コーヒーは好きです。そして妻とは豆の好みが異なります(笑)。私はスタバのスマトラがお気に入り、妻はブレックファーストブレンドがお好き。ちゃんちゃん。

以下余談:
 昨今、画像生成AIにより多くの素晴らしい絵を入手できる、ということが話題になっています。例えば下記記事。同記事でも触れられている通り、同じ流れは当然音楽にもやって来るでしょう。リンクが多く恐縮ですが、この記事もとても面白いのでぜひ読んでみてください。さらっと読めて面白いです。

Stability.AIは、同じようなフリーAIを、音楽と映像と3Dでも公開しようと考えているからだ。遠からずプログラミング、文章、ファッションなども、似たような状況になるのではないかと思う。


世界変革の前夜は思ったより静か|深津 貴之 (fladdict)|noteより。


 私個人としては、優れた音楽を生成するAIは自分の音楽活動に大きな影響を与えない、と断言できます。その理由は「自分の音楽を自分なりに表現する」ためには自分で自分の欲する音楽を思い描かなければならない、と言う明確な拠り所があるからです。他者から与えられる曲想は、本質的に私を救ってはくれません。このことに関しては、下記記事の中で語っています。恐るべき速さで成長するAIと競う必要がない、というのは、アマチュア音楽家の特権かもしれない、とすら思います。

 ギターがうまくなる魔法はあるか アナと雪の女王に見るエルサの本当の凄さとは - 趣味で続けるクラシックギター

 スマホの向こうで優れた音楽を奏でているのはプロでもアマチュアでもなくAIだった、という時代は、望む望まないに関わらず間もなくやってきます。あるいはAIの奏でる音楽をスピーカーを通して聞く演奏会、というのもあるかもしれません。そんな時代に向けて、自分はなぜギターを弾くのか。趣味を通じて何を自己実現したいのか。そんなことを考えておくのも悪くないように思います。
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